COLUMN

仕事をする場所について

最近はこうして、BOHEMIAN DAYSを更新するのが楽しくて仕方ありません。

なかなか仕事がすすまない時などは、私は決まってBOHEMIAN DAYSを活用するようにしています。

たぶん、こうして書くことで私の頭の中の考えが、言語化でき、落とし込むことが出来るので、スッキリするのだと思います。

吐き出すと、頭がスッキリしますから、その空いたスペースに新しい情報を取り込むことが出来たり、ストレスを軽減できたり、BOHEMIAN DAYSを更新することで、好循環を生んでいる気がします。

今は、どのような方が読まれているのかわからないので、好きなことを書いており、趣味的な位置づけにはなっていますが、今後は少し方向性を変えていく予定でもいて、それは、つまり、何かしらに特化したWEBメディアに育てていく予定です。

プランはありますが、まだそれを実現するのにはほど遠く、しばらくはこうして思いのたけを書いていくメディアとして活用していく予定です。

・はたらく場所について

私は普段カフェやホテル(ラウンジを含む)、旅館など外出先で仕事をすることが多いのですが、これには大きな理由があります。別にカフェで働く姿がカッコイイからというようなことではなく、単純に仕事の効率の問題です。

はたらく時間、働く場所にこだわりを持っていなく、極端なことを言えば自宅でも仕事はできますが、効率という面で見ると、はるかに自宅以外の場所の方が捗ります。

単純に集中できるのです。

もちろん自宅の方が作業効率が上がる場合もありますが、その多くは深夜です。

深夜に仕事をする場合は、自宅で仕事をすると非常に捗る場合もあります。

何故なのかと言えば、それだけをやる理由が出来るのが大きな理由だと思います。

多分私がカフェや、ホテル、旅館などで仕事をするのも、そうした場所の方が、仕事に集中できることを知っているからなのかもしれません。

いろんな人の意見を見ていると、わざわざ「カフェで仕事をしなくても、自宅でしていろ」という意見を時々目にしますが、たぶん私のような働き方をしたことがない人なのだと思います。

私のような働き方をしていると、やはりカフェやホテルのラウンジなど会社や事務所、自宅以外の場所は非常にありがたいスペースです。

逆に、何も仕事ができない場所もありがたい存在です。つまり、パソコンを開けない場所や、電子機器の利用が認められていない場所です。

仕事をクラウド化しているため、良くも悪くもインターネットに繋がる環境さえあれば仕事ができてしまいますから、そうした「繋がらない場所」は、本当に貴重です。

そう言う場所では、振り返る時間に使ったり、今後の方向性を確認したり、要するに「考える」時間に活用しています。

普段生活している中で、電波が届かない場所はほとんどないですからね。

モチベーションについて

私が起業してから随分と立ちますが、取り組む中でいろいろなものが変わってきました。

やはり人間ですから、ずっと同じではなく、表面に見える見えないは別として、少しずつ変化していきます。

その中でもモチベーションの問題があります。

今回はそんなモチベーションについてお話していきます。

フェーズによってモチベーションの持ち方は変わってくる

前回の「共通体験」に繋がる話でもあるのですが、私も多くのひとと同じように、起業当初はお金になるものだったら、何でもやっていた時期があります。

それまでは個人でお金を稼ぐということをしたことがありませんでしたから、それは大変なものでした。

インターネットという市場には目を付けはしたものの、私の理想とする働き方が果たして本当に可能なのかどうか、今にして思えば、非常に半信半疑でした。

ハッキリと教えてくれたり、明確な道を示してくれる人もいませんでしたから、自分で考え、自分で答えを導きだすことしか出来ませんでした。

そんなときに支えとなったり、私の不安を紛らわせてくれる、よりどころになったのは、書籍などの情報です。

今になって当時を振り返り、思えば、内容は理解していないものの、そこに書いていることには、本当に勇気を貰ったと思います。

本当に、この時の体験は貴重で、なぜにここまで高くモチベーションを保つことが出来たのだろうと思うほどに、高いモチベーションを維持していました。

何度もやっては失敗し、その度に大きく落ち込むのですが、しばらくするとまたモチベーションを高く持ち直し、取り組む。

トライアンドエラー、トライアンドエラーの繰り返しで、ものすごく時間やお金を無駄に浪費していた時期があります。

必死になるとはこういうことか、と、今になって思うのですが、本当に必死そのもので、わからないなりに文字通り、手当り次第にあたってはくだけていきました。

しかし、そんなモチベーションの高い状態はいつまでも続きません。

ある種ハイになっている状態だからです。そうしたモチベーションは次第に疲れてきます。そして、精神的に疲弊してきます。

ですから、しばらくすると、モチベーションの持ち方が変わってきますし変える必要があります。そこに求めるものも変わってきますし、モチベーションの保ち方もかわってきます。

何をキッカケに変わってくるのかと言えば、やはり、結果をきっかけに変わってきます。結果をキッカケに仕事に取り組む姿勢も変わってきますし、仕事に対する関わり方が大きく変わってきます。

たぶん、順調に上手く行く人と行かない人の違いは、ここに現れるのではないかと思います。ここの段階でうまく結果を掴むことが出来た方は、割とスムーズに次のフェーズに移行しているように思います。

ただ、ここでつまづいてしまった場合は、低迷の時期が長く続いたり、なかなかに辛い時期がまっています。

結果を見て、モチベーションを高く維持することは、およそ不可能ですから、それ以外の保ち方が必要になります。

それが非常に困難で、普通の精神状態ならおそらく耐えることは出来ないでしょう。この時期を乗り越えるのには、強靭な精神力が必要になります。

私はどちらだったかというと、もちろん後者で、モチベーションの高い時期にうまく結果を残すことができず、順調に移行できなかったタイプの人間です。

つまり、私は下積みが長い道をたどることになってしまいました。だから色々と苦労している分、順調に次のフェーズにのることが出来た方には、わからないことを良く知っています。

でも、だからこそ、結果に至るまでの過程を全て説明できます。今になって思うのは、下積みが長い分、上手く行くことも、上手く行かないこともたくさん味わっており、どこがどうダメだからうまくいかなくて、どこがどう良いから上手く行っている、もしくは上手く行くというのが完全に説明できます。

ただし、遠回りをしようが、最短距離でいこうが、結局、たどり着くところは同じなんですけどね。

ただ、それを掴めるかどうかは、その人の努力の範疇外のところで起きるのではないかと思います。

最終的にはモチベーションを超えることが大事

そして今、モチベーションという言葉は私の中に完全にありません。つまり仕事をすることが自然であり、私の仕事が生活の一部になっています。

むしろ仕事と呼ぶのも嫌なくらいなのですが、言葉とは便利なようで不便なもので、共通認識として、そうとしか表現できる言葉がないので仕事とよんでいるだけです。

例えば私にとって仕事とは、毎日の食事とをとったり、コーヒーを飲むのと同じくらいに自然なことで生活の一部としてそこにあります。

もちろん、以下に生活の一部になっていると言っても、食事をしたくないとき、コーヒーを飲みたくない時など、あまりすすまない時などもありますが・・・(笑)

大阪出張について

大阪出張から帰ってきました。

今回は短期での大阪出張でしたが、非常に濃厚な時間を過ごさせて頂きました。会食では、普段お逢いすることのない同業者の方にもお逢いし、わりとしっかりとお話をさせて頂いたのですが、ものすごく有意義な時間を過ごさせて頂きました。

お話してみて思うことは、やはり、どの世界でも結果を出している人たちに共通して言えることは、「共通体験」を持っているということです。

そこにたどり着くまでの過程や、道筋、方法論ややり方、そこに到着するまでの時間などの背景はそれぞれ違うものの、たどり着くところは面白いほどに同じで、必ず「共通体験」をしています。

そして、細かい違いはあるものの、洗練されていった結果、方法論はある一定の場所に落ち着きます。

これは非常に興味深い話でもあるので、今回はそんな共通体験についてお話をさせて頂こうと思います。今回の話は、ちょっとわかりづらいかもしれませんが、興味があるひとはしっかりと読み進めてください。

今はわからない方でも、真摯に向かい合い、取り組んでいく中で、そのうち必ず私が言っていることがわかるようになるはずです。

・結果を出している人の共通体験とは

今の時代、本屋さんに並んでいる書籍はもちろん、ネット上でも容易く情報を仕入れることが出来ます。数年前と違いネットの中の情報が非常に充実していますから、知りたいことは、瞬時に知ることができますし、専門的な内容以外、即座に入手することができます。

私もこれまで数多くのビジネス書を読んできましたし、一時期は自己啓発書などにも手を伸ばしたことがあります。自分のビジネスに、どうにかして活かすことはできないものかと、必死になって情報を掻き集めていた時期もあります。

今になって思うのは、それらは、真摯に取り組んでいれば自然とたどり着く場所であるということです。そして、書籍などの本で読んだとしても、わかる話ではないということです。

例えば、どんなに素晴らしい本を読んで頭に入れたとして、それを忠実に再現してみても、同じように結果を出すことは難しいと思います。

なぜならそれは結果に過ぎないからです。どうしてそうなのか?などの部分を体験していないので、わかるはずもないのです。

例えば1+1=2と誰もが答えを知っている問題でも、ただ単純に「1+1=2」と答えだけを覚えている人と、「1+1」が「2」になる明確な理由を知っている人では、それに対する理解の仕方や、「2」という結果をはじき出す細かいやり方などが違ってきます。

丸暗記で「1+1=2」と覚えているひとと、いろんな方法を試しながら、失敗を繰り返しながら、論理的に「1+1=2」と理解している人とではその意味が全く違ってきますし言葉の深さも違います。

そして、「1+1」という問題の答えを導きだす、やり方というものは面白いほどに一致します。

そしてそこに「共通体験」がうまれます。

もちろん、人それぞれ違うので、細かい点に違いはあります。ただし、ある一定のステージ以上にすすんだ人と話すと、面白いほどに「共通」の何かを感じ取ることが出来ます。

それは、一見すると、そこにたどり着くまでには、無駄に思えることをいっぱいしながら、次第に余計なものがなくなっていき、カドが取れ、シンプルに落ち着くところに落ち着くといえるでしょう。

むしろ、共通体験をしているもの同士の、そこに会話など入らないのかもしれません。大げさな話ではなく、ひとこと、ふたこと話しただけで「あ〜、このひとは、同じだな」と敏感に感じ取ることが出来ます。

以前も、何気なく話している時に、今回書いた記事の内容のようなことを感じたことが何度もあるのですが、不思議と今回はそのような感情を大きく持つことが出来たので、記事に書かせて頂きました。

このような感情をここまで持つということは、おそらく、私もまた次のステージにすすむ準備が出来たのでしょう。

会食を通して、私の進むべき道もハッキリとしましたし、物凄く明確になりました。悩みはつきないのですが、そこに向かってあとは前進するのみです。

数年後には、私はまた違うステージにいるはずです。