大阪出張について

大阪出張から帰ってきました。

今回は短期での大阪出張でしたが、非常に濃厚な時間を過ごさせて頂きました。会食では、普段お逢いすることのない同業者の方にもお逢いし、わりとしっかりとお話をさせて頂いたのですが、ものすごく有意義な時間を過ごさせて頂きました。

お話してみて思うことは、やはり、どの世界でも結果を出している人たちに共通して言えることは、「共通体験」を持っているということです。

そこにたどり着くまでの過程や、道筋、方法論ややり方、そこに到着するまでの時間などの背景はそれぞれ違うものの、たどり着くところは面白いほどに同じで、必ず「共通体験」をしています。

そして、細かい違いはあるものの、洗練されていった結果、方法論はある一定の場所に落ち着きます。

これは非常に興味深い話でもあるので、今回はそんな共通体験についてお話をさせて頂こうと思います。今回の話は、ちょっとわかりづらいかもしれませんが、興味があるひとはしっかりと読み進めてください。

今はわからない方でも、真摯に向かい合い、取り組んでいく中で、そのうち必ず私が言っていることがわかるようになるはずです。

・結果を出している人の共通体験とは

今の時代、本屋さんに並んでいる書籍はもちろん、ネット上でも容易く情報を仕入れることが出来ます。数年前と違いネットの中の情報が非常に充実していますから、知りたいことは、瞬時に知ることができますし、専門的な内容以外、即座に入手することができます。

私もこれまで数多くのビジネス書を読んできましたし、一時期は自己啓発書などにも手を伸ばしたことがあります。自分のビジネスに、どうにかして活かすことはできないものかと、必死になって情報を掻き集めていた時期もあります。

今になって思うのは、それらは、真摯に取り組んでいれば自然とたどり着く場所であるということです。そして、書籍などの本で読んだとしても、わかる話ではないということです。

例えば、どんなに素晴らしい本を読んで頭に入れたとして、それを忠実に再現してみても、同じように結果を出すことは難しいと思います。

なぜならそれは結果に過ぎないからです。どうしてそうなのか?などの部分を体験していないので、わかるはずもないのです。

例えば1+1=2と誰もが答えを知っている問題でも、ただ単純に「1+1=2」と答えだけを覚えている人と、「1+1」が「2」になる明確な理由を知っている人では、それに対する理解の仕方や、「2」という結果をはじき出す細かいやり方などが違ってきます。

丸暗記で「1+1=2」と覚えているひとと、いろんな方法を試しながら、失敗を繰り返しながら、論理的に「1+1=2」と理解している人とではその意味が全く違ってきますし言葉の深さも違います。

そして、「1+1」という問題の答えを導きだす、やり方というものは面白いほどに一致します。

そしてそこに「共通体験」がうまれます。

もちろん、人それぞれ違うので、細かい点に違いはあります。ただし、ある一定のステージ以上にすすんだ人と話すと、面白いほどに「共通」の何かを感じ取ることが出来ます。

それは、一見すると、そこにたどり着くまでには、無駄に思えることをいっぱいしながら、次第に余計なものがなくなっていき、カドが取れ、シンプルに落ち着くところに落ち着くといえるでしょう。

むしろ、共通体験をしているもの同士の、そこに会話など入らないのかもしれません。大げさな話ではなく、ひとこと、ふたこと話しただけで「あ〜、このひとは、同じだな」と敏感に感じ取ることが出来ます。

以前も、何気なく話している時に、今回書いた記事の内容のようなことを感じたことが何度もあるのですが、不思議と今回はそのような感情を大きく持つことが出来たので、記事に書かせて頂きました。

このような感情をここまで持つということは、おそらく、私もまた次のステージにすすむ準備が出来たのでしょう。

会食を通して、私の進むべき道もハッキリとしましたし、物凄く明確になりました。悩みはつきないのですが、そこに向かってあとは前進するのみです。

数年後には、私はまた違うステージにいるはずです。

セミリタイアについて

昨日はなかなか寝付けず、夜な夜なネットサーフィンをしていました。

いろいろな記事を読んでいたのですが、とりわけ私が読んだ記事の中のひとつに、なかなか面白いことが書かれてありました。

その記事の内容は、主にセミリタイアに関する話でした。つまり「なんにもしないで悠々自適にのんびり暮らしたい」という社会人生活に疲れた方の誰もが夢見ると思われる、南国生活でリタイアメント生活を送るという内容でしたが、実に興味深い内容でした。

別に、その方がおくられた南国のリタイアメント生活が興味深いのではありません。その方が語った、南国のリタイアメント生活それ自体が興味深いのではなく、試しに南国リタイアメント生活を謳歌してみたという点が非常に興味深かったのです。

その方も私と同じように時間と場所を選ばない仕事をする、ライフスタイルをされているようなのですが、もちろんその方も普段は土日関係なくきっちりと仕事をされています。

普段はそれなりに忙しく仕事をされているようなのですが、時間をつくって試しに南国リタイアメント生活をしてみたところ、いろいろなことが見えてきたという内容です。

例えば、よく日本人が夢見るプールサイドでトロピカルジュースを飲みながらゆっくりと過ごしてみたり、時間と場所にとらわれずにプールサイドバーにパソコンを持ち込んで仕事のまねごとをしてみたりしてみたそうです。

その結果わかったことは、そんな生活は全然面白くないということだったそうです。

これは実に興味深いですね。

つまり、単純にはそう言い切れないかもしれませんが、お金があればそうした自由を満喫した生活がしたいと思って、実際にしてみても、現実は全然面白くも何ともないということです。

よく人生のゴールをそうした自由気侭な生活においている方の話を聞きますが、きっと人は何か夢中になれることを見つけて、熱中し取り組んでいる時が一番幸せなんだと思います。

「仕事も何もしないで、悠々自適な南国生活をおくる」・・・一見すると、羨ましく思えるこの言葉は、所詮幻想であり、そんな生活を送ったところで充実感は得られないのだと思います。

別に仕事をしてこそ日々の充実感が得られるとか、そう言ったことが言いたいのではありません。仕事で充実感を得られる人もいれば、仕事に充実感を得られない方もいることは重々承知しています。

私の場合は日々の仕事が楽しく、面白く、仕事をすることで充実感を得ることが出来ていますが、逆に趣味に没頭することで充実感を得られる方もいます。

つまり人は、仕事でも、それ以外でも構いませんが、夢中になれる何かを見つけ、それに対して熱心に取り組んでいる時が一番充実感を得ることが出来るのだと思います。

そしてそれがやがて生き甲斐となり日々の充足感を得ることが出来るのだと思います。

思えば私もそんな南国リタイアメント生活に強い憧れを抱いていたこともあります。無理にでも、その気になれば、そうした生活が出来る中、なぜ、私がそんな生活をしないのか。たぶんそれは、そんな生活はつまらないことを知っているからなんだと思います。

それよりも日々の仕事に対して真摯に取り組んでいた方がよっぽど楽しいことを知っているからだと思います。

不思議なことに、時間と場所にとらわれないライフスタイルに近づけば近づくほど、そうした生活に興味がなくなっていきました。私の場合は、仕事をする時間と場所が自由なだけで、基本的に、世界中のどこにいてもやっていることは変わりません。

例えが悪いのかもしれませんが、もしかしたら誰もが訪れたい有名観光地の近くに住むほどに、そこに行かなくなることに似ているのかもしれません。

働き方について

今日は上島珈琲で仕事をしています。

今、来ている上島珈琲は郊外のお店にあたるのですが、集中できるスペースがあって意外といいんですよね。程よいBGM、それに落ち着いたダークな色調の店内の雰囲気が、今日はやけに心地よく感じます。

そういえば、入院直前に仕事をしていた場所もここの上島珈琲だったな・・・と、何か妙な縁を感じています。

ふと今、今日はBOHEMIAN DAYSで何の記事を書こうかと思いながらパソコンを叩いている最中に思い出したのが、少し前に、大手企業でも、会議以外では、会社に行くことなく、私のように自宅でも仕事が出来る体制を整えているというニュースがあがっていたことを思い出しました(少し前と言っても1年以上前の話ですが(笑))。

当時は、テレビを含め、いろんなメディアで「革新的な働き方だ」と取り上げられていたと記憶しています。が、私の見解では、たぶん大手企業で取り入れるのは難しいと思います。

なぜなら、まとまった組織の場合、個々が別々に動いてしまうと、仕事の進捗に支障を来すからです。

また、会社員として個人で仕事をしていては仕事をしていく上で、判断が難しい場面も出てきます。

個々の能力が相当に高く、個々の社員に裁量があり、個々の社員がそれぞれの抱えている案件に対して決定権と責任を持っているのなら話は別ですが、それ以外では、いろいろと調整が難しい局面が出てくるはずです。

会社にいき、関係者と偶然に会社内で顔を合わせ、情報を仕入れることで仕事が円滑にすすみやすくなるという、会社に行くことで得られる、補助的なメリットもなくなりますから、長期的に見れば様々な部分でほころびが生まれると思います。

また、ただでさえ、1つのことに対する判断が遅い大企業なのに、そうした働き方を取り入れてしまうと、さらに判断が遅くなってしまい、組織として機能しなくなってしまうと思います。

もちろん、そうした働き方をはじめた、最初のうちは「なんて素晴らしい働き方だろう」と思ったり「休憩時間に子供と遊べて非常にメリハリのある生活が出来る」または「家族との時間を持てるようになった」など、良い内容の意見が出てくるかと思いますが、次第にそれは不満に変わっていくと思います。

何故なのかと言えば、家にいれば、仕事以外で家族に振り回されることが大きくなるからです。

はじめのうちは、新鮮だから、「お父さん頑張って!」などと、円満に行くかと思いますが、そのうち、妻からすれば家にいるのに、家のことを全くしないで仕事しかしない夫というレッテルが貼られるようになります。

また、大事な仕事をしているのに、子供から容赦なく横槍が入り、その都度、作業をストップせざるを得ず、仕事に戻るのに時間がかかるなど、仕事の効率も悪くなるでしょう。

家庭生活と会社員としての仕事生活を一緒くたにしてしまうと、特にサラリーマンの場合は非常に辛い現実が待っていると思います。

私の働き方のように、決定権はもちろん、全てを自分で判断し、働く時間も日中夜問わず自由というのなら話は別ですが、サラリーマンの場合、周りと歩幅を合わせることも大事な仕事の内ですので、そうした働き方は難しいでしょうから、必然的に働き方に無理が生じてきます。

確かに通勤時間などはなくなりますし、その時間を仕事にあてられるという意味では、一見すると効率的な働き方のように見えますが、サラリーマンの悲しい宿命として、仕事に空きができると、その分やらなくてはならない余計な仕事が増えてしまいます。

私もサラリーマンを経験していますから、その点はよくわかりますが、それは組織で行動し、組織で結果を追求する以上、仕方のないことなのです。

サラリーマンは、ひとりで仕事をしているように見えて、ひとりで仕事をしているわけではなく、会社の中の各関係部署などと連携をし、組織として仕事をすることではじめて成果を残すことが出来るシステムですから、仕方のないことなのです。

また、私のような働き方を会社で取り入れてしまうと、会社として社員の管理が難しくなり、結果、組織として、成り立たなくなると思います。もちろん海外の会社では、世界中のどこにいようが、インターネットさえ繋がれば働くことが出来る、働き方を取り入れている企業があるのは知っています。

ただ、そうした働き方は、例えばアメリカ法人に所属していたとして、どこでも働けるからといって、東南アジアで働くとなると、2つの国では時間帯が全く異なりますから、昼夜が逆転してしまうという残念な結果になってしまいます。

テレビ会議が入った場合は、その時間に起きていなければなりませんから、色々な意味で制限がかかってしまいます。

もちろん、私のような働き方をしていたとしても対外関係はありますから、その都度、調整はしなくてはなりませんが、サラリーマンの方のそれと比べると、そうした意味ではストレスが少なく、比較的柔軟に予定を組むことが出来ます。

別に、どちらの働き方が良くて、どちらの働き方が悪いということが言いたいわけではありません。

ただ、組織的な働き方をする場合と、個人で権限をもつ働き方をする場合とでは、それぞれにあった働き方があるということが言いたいのです。

そうした視点で見ると、組織で働いているのに、個人で働く働き方を取り入れるとどこかしらに無理が生じてくるということが言いたいのです。

さて、今日は夕方から大阪出張が入っています。夜は会食となりますが、ビジネスをより強固にする為に、しっかりと調整をしてきたいと思っています。